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■アトム最終出勤日 1990年(平成2年)12月29日
29年前の平成2年の年末の事です。諸事情で中川店長(当時28歳)他スタッフ全員が退職しました。その最終日のアトム横浜店スタッフのスナップです。真ん中の写真はお店の入り口ですが、新年の門松がすでに飾られています。3枚目の写真の棚の上には双眼鏡の在庫が大量にあります。いずれも中川休職中の実家の遺品整理で発掘された写真です。

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■1991年(平成3年)BORG立ち上げ時の中川と宮崎さん 
言うまでもなく宮崎さんはファミスコ60SやBORGの開発者です。その宮崎さんに誘われて1991年2月にトミーに入社しました。平成3年のことです。詳しい経緯はこちら。この写真も中川休職中の実家の遺品整理で発掘されたものです。真ん中の写真の私の机の上に灰皿があります。宮崎室長は私の左隣に座っていました。

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■2019年(平成31年)サイトロンジャパン本社ショールームにて中川と近(左方の体を傾けた人物・中川と約40年来の付き合い・元千葉天メンバー・元BORG部下・同じ八千代市育ち)とRASA14
フジX-M1+KAMLAN8mmF3.0 撮影:中川昇(魚眼自撮り)
諸事情でトミーテック(BORG)を2018年(平成30年)12月に退職。その後、サイトロンジャパンにお世話になることになり、こうして中川光学ブログを日々更新しているというわけです。近とも腐れ縁ともいうべき不思議な縁で再び一緒に仕事をすることになりました。

<改めて平成時代を振り返る>
大卒後の昭和59年~61年はビクセンに在籍。平成元年当時はアトムに在籍。その後の28年間はトミー~トミーテック(BORG)に在籍。その後サイトロンジャパンへ転職。ということは、中川の平成はアトムに始まり、BORGで育ち、サイトロンジャパンで締める、という流れになるかと思います。改めて振り返ると私にとっての平成は非常に濃い時代だったといえます。さらにいえば、何度か本ブログでもご紹介している通り、平成は日本製の天体望遠鏡の盛衰の歴史でもありました。令和時代は海外製の天体望遠鏡の時代がさらに進むことでしょう。この業界でこの歴史を実体験で語れる人はあまりいないと思いますので、令和になっても中川しか語れない独自の情報発信を継続していきたいと思います。

P.S. 4/28の月面記事にも少し書きましたが、今後、月や地球や星や宇宙に興味を持つことは人類にとって極めて重要であるという考え方があります。これは説明すると長くなりますが、人類が今後も長く繁栄するためには、その基盤となる地球環境がいかに貴重なものなのかを理解する必要があるという考え方です。幸い、宇宙時代を迎えて否が応でも宇宙の話題に触れる機会が増えます。問題は学校教育の問題もあり、宇宙に関する基礎知識が極めて乏しいということです。そこを少しでもフォローできるように情報発信していくことも令和時代の私の役割のひとつかと考えております。平成最後の4か月余りをお付き合いいただきありがとうございました。令和も本ブログをよろしくお願いします。

P.S.2 今日、明日と天気が良くありませんが、お手頃価格で電子部品のないLAOWAKAMLANなら雨天でも安心して使えます。平成最後と令和最初の日本の風景を撮影する予定です。ありがとう平成。