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■星日記1974年~1982年(中川昇所有)
村山定男/藤井旭著の星日記です。私のブログはこの星日記が原点になります。1974年から書き始めて特に1975年は365日毎日欠かさず書きました。その後は受験などもあり書いたり書かなかったりでしたが、やはり書くことが好きというか楽しいというか、その日を振り返る行為としての日記は非常に重要な存在でした。

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■星日記1975年(当時中川少年13~14才、中学1~2年生)
上にも書きましたが、1975年は星日記に燃えていた時期で365日連続で書きました。この時はとにかく空欄を埋めることに意地になっていました。この星日記がなければ、今私はここでこのブログを書いていないと思います。これも縁だと思います。

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■星日記1975年4月3日~4月4日
実に44年前の星日記です。ただの日記ではなく、上半分が天文解説、下半分が日記のスペースになっています。なので毎日天文の勉強をしながら日記も書くという行為を繰り返していたのです。何という真面目な天文少年だったのでしょうか?そして村山先生も藤井先生も良くこれだけの記事を365日分も書かれたものだと今更ながら感心します。

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■星日記1975年4月5日~4月6日
44年前の今日、何をしていたのかが詳細に分かります。天気が悪いと機材をいじくって改良を加え、天気が良いと千葉県船橋市の悪条件の中、月があれば月の写真を撮影し、月がない晩は星雲・星団を見つけることに情熱を燃やしていました。「毎月6日を光学系の掃除の日と決める」とあります。というわけで今日はクリーニングをします。

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■星日記1975年4月7日~4月8日
この日記の中にも船橋の「ライオンカメラ」の話がたびたび出てきます。この頃のカメラ屋さんの存在は今とは比べ物にならないほど頼りになる存在でした。1975年の星日記に関しては、私が日本で一番量を書いたという自信があります。

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■星日記1975年4月9日~4月10日
私が初めて買った4cmの屈折の性能テストをしたらあまり良くなかったとか父にライオンカメラに行ってもらいプリントを受け取ったとか自分自身には全く記憶にないことが沢山記録されています。人間の記憶がいかに当てにならないかを物語っています。

P.S. 星日記については、過去にこちらでも紹介したことがあります。合わせてご覧いただければ幸いです。どうも私は記録ということに強く意義を見い出す傾向があり、休職中も「休職日記」を半年間欠かさずつけていました。今は「就職日記」というのを毎日自宅パソコンとスマホと手書きの手帳に計3種類書き続けています。3種類とも内容は違うものです。これが今後どのように役に立つかは不明ですが、恐らく遺伝子レベルで「記録せよ」という指令が出ているような気がします。すぐには役に立たないものも大事なんだよ、ということなのだと勝手に感じています。